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작성일 : 13-10-08 20:54
創世記39:1-6
 글쓴이 : 러브재팬
조회 : 2,517  
難しい時代を生きても
創世記39:1-6
今私たちは真に難しい時代を生きています。けれども、神の子供らしく環境に支配を受けずに、環境を支配して生きなければなりません。信者はどんな時代を生きても、条件と環境を超越して、神様の御言葉を中心に生きなければなりません。聖徒らしく世の中の塩と光で生きなければなりません。ペテロの手紙第一2章9節後半で言われているように、私たちを闇の中からその素晴らしい光の中に招いてくださったイエス様の御業を述べ伝えるためです。ですから、神の子供は、どんなに難しい時代を生きても正しい道を歩かなければなりません。信仰の生活には便利な方法は有り得ないのです。世の中に埋没して暮してはいけません。ある人は世の中で生活するには融通性が必要だと言います。適当に妥協しながら暮さなければならないと言います。このような人が賢い人と言われます。もちろん。融通性は必要です。なぜなら世の中でうまくやって行くには知恵が必要だからです。そうだとしてもこの世の中と同化してはいけません。世の中のものと区別して、聖別された人生を生きなければなりません。使徒パウロが、ローム書12章2節前半で「この世と調子を合わせてはいけません。」と言われているように、決して世の中のものを模範としてはいけません。腐った魚は水に流されますが、新だ魚は水を遡ります。世の中が、どんなに変わっても,時代がどんなに経っても神様の民は正しい道を歩いて暮す事が大切です。
▶このような観点から本文に出て来るヨセフに注目しなければなりません。ヨセフは難しい時代を生きている私たちに大きい挑戦を与えています。ヨセフは、真に難しい時代の中でも神様が喜ばれる人生を生きました。ヨセフは聖書に現われる一番完全なキリスト•イエス様のモデルとして、世界を主導したエジプトの国に生きて、その当時のエジプトの国をリードした歴史的な主人公でした。ヨセフも私たちのように真に難しい時代を生きましたが、彼はその全過程を信仰で勝ち抜いて、結局、エジプトの総理大臣になりました。彼は神様が喜ばれる成功者になりました。
◀ここで注目すべき事はヨセフがエジプトの総理大臣になったから成功したと言うではありません。難しい時代を生きて、毎日毎日、瞬間瞬間、神様に喜ばれる信仰によって生きたからなのです。もちろん。結果も重要ですが、全過程は結果よりもっと重要です。殉教者ステパノは福音を述べ伝える途中で石に打たれて死にましたが、彼は決して失敗者ではありません。神様の御前で成功した人生を生きた人です。そうです。 私たちの周りには、この世の目で見る時には成功者であり、幸せな者であり、勝利者のように見える人も、結果的には敗者であり、失敗者であり、不幸な人がいます。しかし、世俗的な観点から見る時には失敗者であり、敗者であり、不幸な人のように見える人も、実際にはヨセフのように、成功者であり、勝利者であり、幸せな人がいます。それでは本文の箇所を共に考え、主の恵みを分かち合いたいと思います。
まず一つ目は、難しい時代を生きても、神様が共にいてくださる事を信じて生きなければなりません。本文2節、3節、21節、23節で言われているように、全ての所で“主がヨセフと共におられ”という御言葉が出て来ます。ところが、ここでよく理解されていない部分があります。聖書のみ言葉を見ると、ヨセフの人生は成功者のようには見えません。創世記37章で言われているように、ヨセフは父ヤコブの特別な愛を受けましたが、それが返って彼の兄弟たちの妬みと憎しみを増して、穴に投げ入れられ、エジプトに奴隷として売られてしまいました。しかし、ヨセフはポティファルに認められて、家庭の執事になりましたが、彼はポティファルの妻の誘惑を拒絶しました。けれども、ヨセフは、彼女によって監獄に閉じ込められました。この全ての過程を見ると、ヨセフは決して成功した人には見えません。それにもかかわらず、本文3節と23節では、ヨセフについて成功したと言われていています。そのような理由でれで、私たちはここで非常に重要な事を考えなければなりません。神様が言われる成功は、私たちが考える成功とは違いがあります。私たちは、全ての事がうまく行く時、成功と言ますが、聖書は、主が共にいてくださる人が成功した人だと言われています。そこでヨセフがエジプトに来た事が失敗ではなかったと言うのは神様の計画があったからです。ヨセフがエジプトに来たのは決して偶然ではありませんでした。この全ての事は、神様の計画の中で起こった事件でした。神様はヤコブの家族をエジプトに移住させるために、ヨセフを先に送ってくださったのです。創世記45章5節の御言葉を一緒にお読みしましょう。「今、私をここに売った事で心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神は命を救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです。」そうです。ヨセフが、エジプトに来たのは決して偶然ではありませんでした。主の御手の中でエジプトに来ました。例えば創世記13章16節と、22章17節で言われているように、神様は「アブラハムの子孫を、空の星のように、海辺の砂のように数多く増し加えるようにする。」と約束されました。即ち、アブラハムとイサクとヤコブに約束されたのを成就して、その約束によって、ヤコブの家族だけでなく、ヨセフをも保護されているのです。その理由で、神様はヤコブの家族70人をエジプトに移住させるために、ヨセフを先に送ってくださいました。これは神様の計画でした。それだけでなく、ヨセフが、ポティファルの妻によって監獄に閉じ込められましたが、その事もやはり神様の計画の中で起きた事です。主の御手の中で監獄に閉じ込められました。決して偶然ではありませんでした。ヨセフが、監獄でパロ王の側近として働いていた二人、つまり、お酒を管理する献酌官長と、料理を管理する調理官長に出会って、彼らの夢を解き明かしたので、後に献酌官長の推薦でパロ王の前に立つ事になりました。さらに、パロ王が見た夢まで解き明かしたので、すぐに認められてエジプトの総理大臣になりました。ヨセフが、エジプトの総理大臣になったのもやはりヤコブの家族を飢饉から保護して、エジプトに移住させるためです。この全ての過程は全部、主の御手の中で起きた事です。初めはヨセフは失敗した者のように見えますが、主がヨセフと共におられたので、彼は幸運な人となりました。
けれども、ヨセフの成功の秘訣はヨセフにあったのではなく、神様にあった事です。神様がヨセフと共にいてくださったので、ヨセフは全ての事に成功しました。神様が共にいてくださる人だけが成功した人生を生きる事ができるのです。ユダの王、ヒゼキヤは、神様が共におられたので、戦争に出て勝利する事ができました。詩編127編1節で「主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きはむなしい。主が町を守るのでなければ、守る者の見張りはむなしい。」と言われているように、神様が共におられなければ、私たちが苦労しても無駄になります。神様はヨセフのように、神様を全面的に頼って、神様の助けを求め、神様を敬う人々に成功するように恵みをくださいます。もちろん。神様を知らない悪人たちも成功する事がありますが、彼らの成功は一時的な成功です。(詩37:2)真の成功ではありません。神様が喜ばれない成功なら、それは真の成功ではありません。神様は、ダビデをイスラエルの王として選ばれる時、容貌を見ないで心の中を見たように、外見も重要ですが、より重要なのは、心の中です。神様のご愛、神様のみ言葉通りに生活をするなら、その心の中を見て、ヨセフと同じように祝福してくださいます。ヨセフのようにいつも神様の御前で生きようとする人々には共にいてくださって、祝福してくださいます。今、皆さんの姿がどんな姿なのかは重要ではありません。本当に重要な事は、神様を愛する皆さんの心であり、心の中です。皆さんの心が神様を愛しているなら、難しい時代を生きても皆さんは間違いなくヨセフのように成功する人になるでしょう。
二つ目は、難しい時代を生きても、今自分に与えられた仕事を主に対してするように、最善を尽くし、忠実でなければなりません。本文4節を一緒にお読みしましょう。「それでヨセフは主人に事のほか愛され、主人は彼を側近の者とし、その家を管理させ、彼の全財産をヨセフの手に委ねた。」そうです。ヨセフはたとえ奴隷の身分であっても、自分に与えられた仕事を主に対してするように最善を尽くし忠実に働きました。コロサイ書3章23節で“何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。”と言われているように、ヨセフは何をするにしても主に対してするようにしました。そうです。今私たちに与えられている事は、神様が人を通してお任せくださった事です。これらの精神が、私たちに必要になります。そして、ヨセフはこれらの精神で神様の御前で何をするにしても自分に与えられた仕事を主に対してするように最善を尽くし忠実に行いました。そのようなヨセフに、神様は祝福をくださいました。神様は誠実な人や忠実に働く人を認め、祝福してくださいます。ここで、注目しておくべき事は、本文5節で「主人が彼に、その家と全財産とを管理させた時から、主はヨセフのゆえに、このエジプト人の家を、祝福された。それで主の祝福が、家や野にある、全財産の上にあった。」と言われているように、ヨセフのゆえに、ポティファルの家が、神様の祝福を受けました。私たちの環境が悪くても、良くても忠実でなければなりません。そうすれば、私たちのゆえに、私たちの家と家族、教会と信者、会社と同僚、学校と友人が、神様の祝福を受ける事ができます。ですから、私たちは、ヨセフのように、どんな環境でも忠実でなければなりません。実際に状況が良い時に忠実に働く事は誰でもできます。しかしヨセフのように、厳しい環境の中でも忠実に働く事は決して簡単な事ではありません。普通の人の心なら、自分を奴隷商人に売り渡した兄たちに対して憎む気持ちでいっぱいであり、そのような心のために何もする事ができなかったでしょう。けれども、ヨセフは奴隷の身分であっても、自分に与えられたものについては忠実でした。ヨセフのこれらの忠実さをポティファルも認めてくれました。だから彼を執事に任命して、家庭の全てのものをヨセフに任せました。そして本文22節で言われているように、ヨセフは無実で監獄に閉じ込められている囚人の身分であっても忠実を尽くしました。その結果、監獄の長は、監獄の囚人の全てをヨセフに任せた程でした。そうです。神様は忠実な者に恵みと祝福をくださいます。その結果、ヨセフは、神様の祝福を受けてエジプトの総理大臣になりました。愛する皆さん! 忠実な人には必ず良い結果があります。忠実な人は神様にも認められ、また、人々にも認められます。したがって私たちは家庭でも、会社でも、学校でも、教会でも、最善を尽くして忠実でなければなりません。そうすれば皆さんは確実に神様の祝福を受けるでしょう。もし皆さんの中に、私にはヨセフのような能力や才能がないから無理だと思う人がいらっしゃるかもしれませんが、そういう考えは正しい考えではありません。マタイの福音書25章を見るとタラントの例えの御言葉が出て来ます。
▶ここで、注目すべき事は、主人から五タラントを預かった者は、すぐに行って、それで商売をして、さらに、五タラントを受けました。また、二タラントを預かった者も、すぐに行って、それで商売をして、さらに、二タラントを受けました。その結果、この者たちは、主人に「良くやった。忠実な良い僕だ。」と褒められました。ところが、一タラントを預かった者は、すぐに行って商売をせずに一タラントを地の中に隠しておきました。なぜなら一タラントを預かった者は、主人を厳しい方だと誤解していました。だから、この者は、自分自身の考えどおりに行いました。その結果、この者は、主人に「 悪い怠け者の僕だ」と責められました。
◀ここで強調しているのは、いくら残したかと言う事ではなく、どんな姿勢で忠実だったかと言う事にあるのです。人生の主人であるイエス様が精算をする時に、私たちに任せてくださったタラントについて、忠実であったかどうかによって、称賛と責めを受けるのです。神様は忠実な人に命の冠を与えてくださいます。
▶有名な彫刻家「ミケルランジェロ」が「システィーナ礼拝堂」の天井壁画を描いていた時の事です。その天井はあまりにも高かったため、下から見ると天井に描かれている絵がよく見えませんでした。それでも彼はこの天井の壁の近くに行って、線の一つ一つを丁寧に心を込めて描きました。この光景を眺めていた友人の一人が彼に言いました。“ここからは何も見えないね。だからいい加減にしておきなさい”と言いました。すると「ミケランジェロ」は天井からその友人に向かってこう叫びました。「この絵については神様は、ご存じだという事を私は知っているから、最善を尽くさないで描く事はできない。」と答えました。愛する皆さん! 私たちも忠実でありましょう。最善を尽くして仕える生活をして生きましょう。今私たちが全力を尽くして忠実であるかどうかは、自分自身が知っているし、神様も知っておられます。したがって、今日も神様のみ前に忠実でありましょう。私たちに与えられた時間に忠実であり、私たちに与えられた状況に忠実であり、なお且つ、初めて私たちに任された仕事に忠実に生きましょう。
最後に、難しい時代を生きても、神様の御前で清くなければなりません。本文9節を一緒にお読みしましょう。「ご主人は、この家の中では、私より大きな権威をふるおうとはされず、あなた以外には、何も私に差し止めてはおられません。あなたがご主人の奥様だからです。どうして、そのような大きな悪事をして、私は、神に罪を犯す事ができましょうか。」”そうです。ヨセフは、神様の御前に罪を犯す事をしなかったのです。ヨセフが神様に用いられた理由は、清い人だったからです。ヨセフはポティファルの奥さんの誘惑にも自分自身を失いませんでした。ヨセフはいくら切迫した困難な状況の中でも、どんなに秘密の状況の中でも、神様に罪を犯しませんでした。これを見る時、誘惑がない人はなく、誘惑がない場所はなく、誘惑がない時はありません。だから、どのような場合でも、私たちはヨセフのように神様の御前に清くなければなりません。ペテロの手紙第一1章16節前半で「私が、聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない。」と言われているように、私たちはどのような場合でも清くなければなりません。それでは、 テモテ書 第二2章20節と21節を一緒にお読みしましょう。「大きな家には金や銀の器だけでなく、木や土の器もあります。また、ある物は尊い事に、ある物は卑しい事に用います。ですから、誰でも自分自身を清めて、これらの事を離れるなら、その人は尊い事に使われる器となります。即ち、聖められたもの、主人にとって有益なもの、あらゆる良いわざに間に合うものとなるのです。」そうです。清い人格の人でなければ、神様は用いられません。神様は、私たちの身分や環境をご覧になりません。勉強をたくさんしたのか、博士の学位を持っているのか、良い大学を卒業したのかを決して見ません。良い会社に通っているかを見ません。お金持ちか貧しいかを見ません。神様は私たちの心の中をご覧になります。汚れた皿に食べ物を盛って食べる人はいません。きれいな皿に食べ物を盛って食べます。このように、神様は、清い人を用いてくださいます。それでは私たちがどんなものから清くなければなりませんか。❶最初に異性の問題について清くなければなりません。ヨセフは異性の問題にきれいでした。9節で言われているように、ヨセフは誰も見る人はいませんがポティファルの奥さんの誘惑を拒絶しました。なぜなら人はいませんが、神様はご覧になっているからです。このような信仰をラテン語でコラムデオ(Coram Deo)の信仰と言います。神様の御前で生きる信仰と言います。ダビデは本当に素晴らしい王様だったにもかかわらず、異性の問題に清くなかったので、最終的に殺人罪まで犯しました。だから私たちは異性の問題について清くなければなりません。❷第二に、食べ物の問題について清くなければなりません。ダニエル書1章8節と9節を見ると、ダニエルは、王様が下された食べ物を拒否しました。なぜなら王様が下された食べ物は、偶像の前に捧げた後で食べる物だったからです。ですからダニエルはたとえ王様だけが食べるおいしい料理であってもきっぱりと拒否しました。食べ物の意味を理解して神様の御前に断食しました。これと関連して、クリスチャンは、お酒とタバコで自分自身を汚してはいけません。私たちの体は神様がおられる聖なる神殿です。❸第三にお金や物の問題について清くなければなりません。サムエル書第一12章3節を見れば、サムエルは賄賂を拒絶した事が分かります。賄賂は目を曇らせると言われています。もちろん。お金は生活の中で必要です。私も欲しいです。必要です。しかしお金を愛してはいけません。なぜなら金銭を愛する事が、あらゆる悪の根源だからです。ある人たちは、お金を追い求めたために、信仰から迷い出て、堕落と滅びに落ちます。お金を稼ぐ事ができるという事だけで、いつまでも神様の御心でない仕事をしてはいけません。神様が喜ばれる仕事をしましょう。たとえ利益が少なくとも、神様が喜ばれる仕事と職業が必要です。宝くじのような物は、神様が喜ばれません。❹第四に真理の問題についても清くなければなりません。使徒パウロは、テモテ書第二2章15節と18節で、私たちが真理の御言葉を正しく理解して恥じる事のない人物になって、自分を神様に捧げ、真理について誤った人になってはいけないと言っています。そうです。神の子供なら精神的にも、肉体的にも自分自身を清くなければなりません。私たちはいつも神様の御言葉を心に、生きていかなければなりません。
それでは、メッセージを結びます。愛する皆さん! 私たちはヨセフの生涯を通してどんな難しい時代を生きても神様の民は失望したり、心配をするのではなく、神様がくださった御言葉を心に、進むと、最後に神様は、素晴らしい勝利をくださって、成功をくださるという事実を学ばなければなりません。特に私たちが注目すべき事は難しい時代を生きても、箴言3章6節で言われているように、私たちが行く所どこにおいても、主を認めながら生きなければならないと言う事です。そうすれば、主は私たちの道をまっすぐにされます。ヨセフのように神様が共にいてくだされば難しい時代を生きても成功することができます。難しい時代を生きても今自分に与えられた仕事を主に対してするように最善を尽くし忠実に生きましょう。難しい時代を生きても神様の御前で、清ければ困難な環境の中でも成功する事ができます。ですから、罪ある生活から区別された清い生活をしましょう。そうする事によってヨセフのように、この時代の中心となって、神様の栄光を現わす祝福された人生を生きるでしょう。それでは、今週も本文の御言葉を、しっかり掴んで生きましょう。(アーメン)

 
 
 


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