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작성일 : 22-10-06 10:38
祝福の通路になる信仰者
 글쓴이 : SWIM
조회 : 294  

「祝福の通路になる信仰者」詩編1編1節~6節

人間は、誰でも成功した幸せな暮らしを望みます。殆どの人はこのような幸せを外的な条件から探そうとします。まず、体が健康であり、多くのお金を持ち、高い身分と安定した生活が保障されると最高の幸せだと思います。しかしこのような幸せは永遠に保障されるものではありません。いつどこで、苦難と悲しみにあうか分からないからです。今日の本文の詩編で語られる最高の幸福とは、どんな状態を言うのでしょうか。では本当に幸いな人は、どんな人であるかについて考え、恵みを分かち合いたいと思います。

 

まず、一つ目、幸いな人とは、どう言う意味でしょうか。

本文1節で語られている「幸いな人」という言葉は、ヘブル語で幸福(happiness)、幸い(blessedness)、至福(bliss)を意味します。幸いな人とは、真っ直ぐに歩く人のことを言います。神様の御前で、幸いな人は、神様を信頼する人です。「….いかに幸いなことか/主を避けどころとする人はすべて。」 (2:12)とあります。

また「味わい、見よ、主の恵み深さを。いかに幸いなことか、御もとに身を寄せる人は。主の聖なる人々よ、主を畏れ敬え。主を畏れる人には何も欠けることがない。」 (34:9-10)と聖書は語ります。ですから、祝福の通路として生きていく人は、神様の御前で左にも、右にも、偏ることなく、主のみを敬いながら生きる人です。

ところで、幸いな人には、知恵があります。一番は、神様に逆らう者に従いません。1節で「神に逆らう者の計らいに従って歩まず」と語られているように、ここで、神に逆らうこととは邪悪な人を意味します。罪悪の中で不法を行い荒々しく、貪欲な陰謀を図り、罠をかけ、貧しい者を圧制する人を意味します。

イギリスのマチュヘンリ―(M, Henry)牧師は、神に逆らう者とは定着できないで、揺れ動き、確実な目標もなく確かな原則に従って行うこともなく、毎回、欲望の誘いのまま行動する人たちを意味すると言いました。このような人は、神様を憎み仕えません。その反面、神に従う人は、神様を敬いその方を頼って行きます。そして、神に逆らう人の計らい、即ち、神に逆らう人の言うことや助言を受け入れません。ですから、幸いな人は神に逆らう人の計らいの道に従いません。

二番は、罪ある者の道に留まりません。(1節中) 「罪ある者の道にとどまらず」とあります。ここで罪ある人とは、罪を心に抱き、考えるうちに罪を犯すことを決心し、行動に移す者を言います。しかし、神に従う人たちは、罪ある者の道に入ることはしません。神に逆らう者たちは、寝床で罪を計らい、自ら悪の道に留まり、悪を拒否することはしません。(36: 5)

三番は、傲慢な者と共に座りません。(1節後半) 「傲慢な者と共に座らず」とあります。ここの傲慢な者は他人を軽蔑したり、侮辱したり、嘲ることを躊躇しません。傲慢な者は、罪と神様の裁きを軽んじ嘲ります。このような人は、天に向かって不平を言う者たちです。一言で言えば、教訓と叱りを嫌がり拒否する者たちです(箴言13:11)。傲慢な者は、神様を冒涜し、人を軽蔑するため彼らのために用意された審判があります。幸いな人は、悪いことを行いながらも何とも思わない者たちに悩みを打ち明けたり、相談したりしません。なぜなら悪を行う人たちは悪によって滅びるため、幸いな人は、サタンの計らいには従いません。

二つ目、幸いな人が従う道とは、何でしょうか。 

本文2節で「主の教えを愛し/その教えを昼も夜も口ずさむ人。」とあります。この御言葉のように、幸いな人とは、主の教えを愛しその教えを昼も夜も口ずさむ人を指します。ここで「口ずさむ」という言葉は、ヘブル語で 「呻く」という意味です。神様の御言葉を深く考え、口ずさむためには、呻く苦しみが付きまといます。神の御言葉を呻く姿勢で黙想すると、霊的に生まれ変わり、礼拝が回復されます。そると、神との持続的な関係と交わりが出来るようになります。律法は、神の御言葉です。この御言葉を毎日口ずさみ、毎日、噛みしめながら生きると御言葉が私たちを支配します。御言葉に支配される生活を続けると、すべてに上手く行に、ついに祝福を受けるようになります。 「わたしはあなたの律法を/どれほど愛していることでしょう。わたしは絶え間なくそれに心を砕いています。」 (119:97)とあります。

私たちクリスチャンは、夜も夜明けも、昼もいつどんな時でも、神の御言葉を口ずさむことで信仰は、成熟していきます。神の御言葉を口ずさむことは神の御言葉の中に深く入り、その中に秘められた神の御業と御力を心の中で体験するまで御言葉を深く考えることであり、その方と交わることです。これは、習慣的に数分間、黙想することで終わるのではなく、昼も夜も常に口ずさむことを意味します。眠りから覚める時も変わらず主と共にいます。

最後、三つ目、祝福の通路を開く人に与えて下さる恵みとは、何でしょうか。

本文3節で「その人のすることは、すべて、繁栄をもたらす」とあります。この御言葉のように、神様が、祝福の通路を開くと、全ての事が繁栄します。ここの「繁栄」とは、前に進み、発展していき、栄えることを意味します。しかし、神に逆らう者は長く続くことなく、一時的なものです。一言で表現すると神に従う人は幸いな人です。神様は、従う人を祝福し、その祝福は、主に従う人を幸いな人にします。

人間の所有する財産も永遠に永らえる物ではない(箴言27:24)と、聖書は言われます。なぜなら、神様は、財産を与えることもあるが、取り上げられることもあるからです。神様が、与える繁栄とは健康であり、憂いと心配と悩みと鬱がなく、内には平安であり、外には、戦争や飢饉や、混乱がなく、平穏の中に暮らすことを意味します。

神様が与えて下さる祝福は、善と清さに繋がるものであり (22:14)、幸いそのものであります。神様を知らないで罪を犯す罪人たちは初めから罪を犯すことを決心して行動に移した者たちです。ですから、悪事を企て傲慢に振る舞います。しかし、神様を畏れる者たちは罪を犯すことを恐れ震えます。我が救い主イエスキリスト様に繋がって恵みの中に留まることを望みます。神の御言葉を慕い求め、愛し、昼も夜も口ずさむ者ですから、彼らの現在と未来は繁栄します。

クリスチャンが、一世代だけ繁栄することは残念なことです。 ダビデが、神を信じ、その律法の教えを愛し、口ずさむことの結果として350年以上、王権が継承される祝福を得たのです。繁栄の祝福は、個人の祝福だけでなく、子孫までも、持続的に続く祝福です。祝福の通路を開く人は、実を結び葉もしおれることはありません。神様に従う人は、神様から祝福を受けた者であるため彼は木のようになります。私たちは、元来、野生のオリーブの木のような者であったが、イエス様を救い主として信じてからは植えられたオリーブの木になったのです。

自然に木は、良い木になるのではありません。良い木になることができるのは、神様の恵みによって植えられたからです。主が栄光を現わすために植えられた木を通して主が、栄光を受けます (イザヤ61:3)。直ちに具体的に私たちに現れたものがなくても、神様の恵みにより生きることは、大きな祝福です。神に従う人は、信仰の汚点を残さず滅びもしません。なぜなら、「葉も、しおれることがない」と聖書が語っているからです。

主に逆らう人は良い実りがなく、自分の義を現わそうとするため葉さえも萎れてしまいますが、主に従う人は良い実を結ぶことで、いつも青々と生き生きとした木のように成長することができるようになります。神様に逆らう人は、神様の裁きに堪えることができません (5)。風がもみ殻を散らしてしまうと、跡形もなく、無くなってしまうように、神様の裁きは彼らを一瞬にして片づけてしまいます。もみ殻は一時的には、穀物の側にあるかも知れませんが、神様が怒る、その日には、もみ殻は、跡形も見つけることができなくなります。結局は滅びます (6)。幸いな人が、どんなに悪人たちに苦しめられ、酷い目にあっても、神様は主に従う人の道を知り、彼らの心を顧みてくださいます。主に従う人は、神様が認めてくださいます (6)


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